最近は、自分が抱えている不透明感やモヤモヤを「言語化」させようとしたり、「言語化できないものは悩みではない」というセラピストの方もいます。
果たしてそうでしょうか?
言語化できないのであれば言語化しなくても良いのではないでしょうか。
例えば、疲れて帰ってきた日にまずお風呂に浸かった際に、その心地よさを「今日のお湯は柔らかくわたしを包み〜わたしの全身の毛穴が開き、硬直していた筋肉が少しずつほぐれていくのがわかる」といった具合に言語化したりするでしょうか?
モヤモヤしている、なんだか不快な気持ち、というのはそのまま飼い慣らしておいてください。
それが、前向きに生きるリソースに転化することだってあります。
